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うまくならなくてもいい


〜うまくなることから解き放たれて〜

つくば教室で声楽のレッスンをしていたある日、私が「これから○○をすれば、また上手になりますよ」と声をかけた時のことです。あるレッスン生さんが、静かに、でもはっきりとこうおっしゃいました。

「うまくならなくてもいいんです」

その方は、イーアスつくば内のカルチャーセンターでレッスンをしていた頃から通ってくださっているMさん。もう10年以上のお付き合いになります。少しずつ発声が身につき、いくつかのオペラアリアにも挑戦されてきました。

そんなMさんの「うまくならなくてもいいんです」という言葉を聞いたとき、私は正直、とても嬉しかったのです。

なぜなら、私の教室では「うまい・下手」は実はあまり重要ではないからです。

お一人おひとりが、好きな歌を、楽しく、自分らしく歌うこと。
その時間を通して、日常が少し明るくなったり、自分のことを少し好きになれたり。
そうやって人生が豊かになるなら、それが一番素敵なことだと思っているのです。

ただもちろん、歌もスポーツと同じで、無理なフォームで続けていると、喉を痛めてしまうことがあります。ですから、自分の身体に合った、無理のない発声を探していくことは大切です。

それは単に「正しいテクニックを身につける」というよりも、その人自身の声に還っていくというような、もっと深いプロセスかもしれません。

自分の体の軸や心の軸に沿った声を見つけていくうちに、自然と余分な力が抜け、楽に声が響くようになる。そしてある日ふと、「うまくなりたい」という気持ちを手放していることに気づく時があります。

歌うことそのものが楽しく、心地よく、満ち足りている。
そんな時間の中では、「評価」や「上達」は、あくまで通過点であって、目的ではなくなっていくのです。

Mさんの言葉は、私自身にも大切なことを思い出させてくれました。

そんなふうに、「うまくなること」から解き放たれた時、歌は、その人の人生の奥深くから自然に湧き上がってくるように思います。

それはもう、「練習の成果を発表する」ための歌ではなく、「今ここに生きている自分を感じる」ための歌なのかもしれません。

これからも、生徒さんお一人おひとりが、自分自身の声とやさしく出会い直していけるような、そんなレッスンを重ねていけたらと思っています。