好きな歌だからこそ、練習も楽しくなる

〜曲を選ぶことも自分らしさの表現〜
レッスンの曲選びは、ほとんどの場合、ご本人にお任せしているのですが、私が選んで失敗してしまったことがあります。
Tさんは、つくば市の声楽 教室で、もう15年ほど私のレッスンを受けてくださっていて、これまでにイタリア語やフランス語のオペラアリアも歌ってこられた、長年の生徒さんです。
ある時、少し違う系統の曲で、跳躍の多いメロディーをなめらかに歌う練習にもなるようにと思い、シューベルトの歌曲をご提案しました。音楽としてはとても美しく、きっとTさんの声にも合うはずだと考えてのことでした。
Tさんは、そこから5ヶ月間、誠実にその曲に取り組み、発表会でも堂々と歌ってくださいました。しかし終わってから、ぽつりと「とても歌いにくかったです。私には少し難しすぎました」とおっしゃったのです。
私の中に、「これは技術的にも意味のある曲だから」と選んだつもりでも、それが本当にTさんの心に寄り添っていたかというと、そうではなかったのかもしれません。
その時、あらためて気づかされたことがあります。
“好きな曲”には、心も身体も自然と反応するということです。
好きな曲を歌っているとき、人は生き生きとします。
言葉の意味や感情を探ろうとする意欲が湧き、
多少難しい部分があっても、なぜか練習が苦にならない。
むしろ「もっとこう歌いたい」という思いが、練習を支えてくれます。
もちろん、技術のために「こういう曲も歌ってみましょう」と提案することもあります。
でも、そのときにも私は、生徒さんの“心のどこかが共鳴する”ような選び方をしたいと思うようになりました。
Tさんとのやりとりは、私にとって忘れられない大切なレッスンとなりました。
「好き」が持つ力を、あらためて教えていただいたように感じています。